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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)158号 判決

控訴人(原告) 阿部長蔵

被控訴人(被告) 花巻市長 外二名

原審 盛岡地方昭和二八年(行)第一四号(例集八巻三号45参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。花巻市に合併前の宮野目村が昭和二五年八月一日被控訴人松田忠雄・松田政蔵に支払つた金九七五、四三五円及び同日被控訴人松田政蔵に支払つた金一七三、三一〇円の支払は無効であることを確認する。被控訴人花巻市長に対し、被控訴人松田忠雄・松田政蔵は連帯して金九七五、四三五円、被控訴人松田政蔵は金一七三、三一〇円及びそれぞれ右金員に対する昭和二五年八月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人花巻市長は被控訴人松田忠雄・松田政蔵両名から右金員の収納手続をしなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出・援用、認否は控訴代理人が、

(一)  原判決は、控訴人の請求原因をはずれ、その主張しない事実につき判断した。

すなわち、控訴人は本件公金の支出が地方自治法第二四三条の二の不当支出(又は浪費)に該当するものとして、その補てんを請求するものであるのに、原判決は、その理由において「以上の事実を併せ考えるときは、旧宮野目村長が本件に関しなした金一四五万円の支出命令は、その当否はともかく、必ずしも違法又は権限を超える支出と解することはできない。」と判示し、控訴人が主張する不当支出の有無につき判断を回避して控訴人が主張しない違法まは越権の事実がないと判断した。

(二)  地方自治法第二四三条の二によれば、違法・不当の支出、もしくは浪費などにつき、その補てんを請求し得るものであるから、その支出につき違法がなくとも不当もしくは浪費の事実があれば、これを判断してその補てんを命ずる裁判をすべきである。そして、違法・不当の支出、または浪費の意義につき行政実例は次のように解している。

違法な支出とは、法規に違背した支出の意であり(行政実例昭和二三年一〇月三〇日)、不当な支出とは、時価により購入し得る物品について、額のいかんにかかわらず、当該支出が適法でない場合(行政実例昭和二三年一〇月一二日)、または不急・不用のものを高価に購入し、適当でないと認められるような支出である(長野士郎著逐条地方自治法六九八頁以下)。

右解説は必ずしも明快とは思われないが、要するに支出手続に法規違反の違法がなくとも、社会通念上適当といい難いものは、不当というべきであつて、これを本件の支出につきみるに、その支出手続において村議会の議決以前に支出し、事後の事実と相違する莫然とした議決を得、将来はともかく当時として必要としなかつた土地を、しかも将来必要になることが想像されない不用地と抱合わせ、相当価格の数倍の高値で買入れ、その上これら不当の支出につき、名づけようもない名義で支出し、支出責任者において後日権限なくして付記変造したのであり、いずれの点からみるも本件支出は不当または浪費であると信ずる。と述べ、

被控訴代理人が、

本件支出は控訴人主張の監査の対象となるべきものではない。と述べた。

(立証省略)

理由

(一)  旧宮野目村が昭和二九年四月一日花巻市に合併されたこと、控訴人が旧宮野目村の住民で、昭和二八年六月一〇日同村監査委員に対し、本件支出につき監査の請求をしたこと及び旧宮野目村長瀬川壱三が昭和二五年七月三一日被控訴人松田忠雄、松田政蔵両名との間に別紙目録記載の物件を代金二、二〇〇、〇〇〇円で買受け、その代金支払方法として、うち金一、二〇〇、〇〇〇円を契約と同時に支払い、残金一、〇〇〇、〇〇〇円は同年一二月二〇日土地所有権移転登記と同時に支払うことの契約をし、昭和二五年八月一日金一、二〇〇、〇〇〇円(うち金一七三、三一〇円は別紙目録(1)の山林代金として被控訴人政蔵に、うち金九七五、四三五円は被控訴人忠雄・政蔵両名に支払われた。)を支払つたことは当事者間に争なく、原審証人瀬川壱三の証言(第一回)によると、旧宮野目村監査委員は控訴人の監査請求に対し何らの措置をとらなかつたことが明らかである。

(二)  控訴人は右金一、二〇〇、〇〇〇円のうち、金一七三、三一〇円及び金九七五、四三五円の支出は違法であると主張するに対し、被控訴人らはこれを争うので考えるに、成立に争のない甲第一ないし第一二号証、第一五・一七号証、乙第一号証の一・三・四、第二・三号証の各一・二、第四号証の一ないし三、第五号証、原審証人瀬川壱三(第一・二回)・五内川藤次郎・斎藤義祐・阿部謁郎・当審証人阿部庄三郎の各証言及び当審での控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認定することができる。

すなわち、別紙目録(1)記載の山林(以下単に本件山林という。)は、宮野目中学校舎敷地に隣接する土地で、旧宮野目村長瀬川壱三ら村当局者は、以前から中学校用地として入手したい考でいたが、その機を得ないでいるうち、旧自作農創設特別措置法により未墾地として所有者である控訴人忠雄から買収され、同控訴人の弟である控訴人政蔵に売渡される予定になつており、控訴人政蔵はその一部を開墾し、一部に瓦工場を建築し瓦製造業を開始した。昭和二五年六月ころ村長瀬川壱三は、たまたま被控訴人忠雄が温泉旅館を焼失して建築資金を得るために、本件山林を売却する意向であることを聞き取急ぎ同村議会の全員協議会を開いて、本件山林を買収するかどうかを付議したところ、大多数の議員は中学校用地として本件山林を買収することに賛成したので、その方針で調査に当つた。その結果本件山林は未墾地買収により国の所有になつていた(この事実は当事者間に争がない。)が、被控訴人政蔵が入植を希望しないために、近く不用処分として旧所有者である被控訴人忠雄に戻されることになつていること、旧所有者である被控訴人忠雄が承諾するならば、本件山林は用途変更の手続により、旧宮野目村が直接国から売払を受けることができることがわかつたので、村長瀬川壱三は、同村会議長、斎藤義祐・副議長鎌田安孝・阿部十郎らとともに、被控訴人忠雄に交渉したところ、同被控訴人は、旅館建築資金を得る都合上、本件山林のみを売却することはできないのであり、本件山林地上に建築した瓦工場及びその設備一切を含め、代金二、五〇〇、〇〇〇円で買つてもらいたい。代金額は金二、二〇〇、〇〇〇円以下に減額することができないが、他の土地をつけてやつてもよい。との回答を得たので、同年七月二七日村議会の全員協議会を開き、右の経過を報告するとともに右物件を買受けるかどうかを付議したところ、大多数の議員は代金二、二〇〇、〇〇〇円で右物件を買受けることに賛成可決したため、同月三一日当事者間に争のない前示契約を締結し、かつ、翌八月一日支払命令を発して当事者間に争のない支払をしたこと、そして村長瀬川壱三は同年八月八日村議会を招集し、あらためて、別紙目録記載の物件を当事者間に争のない契約で買受けること及び内払代金一、二〇〇、〇〇〇円の予算措置として金員を借入れ、中学校新営改築費の名目で金一、二〇〇、〇〇〇円を支出する歳入・出予算を掲上し、それぞれその議決を得、さらに同年一二月二九日残代金一、〇〇〇、〇〇〇円の支出につき、同村議会の歳入・出予算の議決を得たこと、その後旧宮野目村住民は、村が不当の高価な価額で本件物件を買受けたと非をならし、村民大会を開き、村長及び議会に善処方を要望したため、改選により村長に就任した鎌田信夫は、昭和二六年九月七日ころから度々臨時議会を開き善後措置をはかり、同月二五日村議会の議決にもとづき、被控訴人忠雄、政蔵両名と交渉して前示契約の一部を変更し、別紙目録(3)記載の物件につき売買契約を解除し、代金額を一、四五〇、〇〇〇円(金七五〇、〇〇〇円減額)とし、残代金二五〇、〇〇〇円の支払につき別紙目録(2)記載の原野の所有権移転登記と同時に支払うことの合意が成立し、その後右残代金が支払われたこと、以上の支出については昭和二七年中同村監査委員の審査を経た上、同村議会の決算の認定を得たことが認められ、また、原審での鑑定人畠山源吉の鑑定の結果によると、右契約当時、本件山林の取引価格は金一、四四四、二五〇円で、別紙目録(2)原野のそれは金三四一、七〇〇円であつたことが認められる。

以上認定の事実によると、旧宮野目村長瀬川壱三は本件支出につき村議会の全員協議会の議を経ているけれども、これは単に村議会議員の事前諒解を得たに過ぎないのであり、右全員協議会は議決機関でないからこの限りでは村議会の議決なく、本件支出は違法といわなければならない。

しかし、村議会は前示のとおり、昭和二五年八月八日村長瀬川壱三が本件支出(命令)をした後、支出の原因である売買契約の締結及び代金支払のため歳入・出予算を議決(うち金一、〇〇〇、〇〇〇円については同年一二月二九日議決)したから、村議会は本件支出の原因である売買契約及びこれに伴う支出を追認したものというべく、したがつて村長瀬川壱三の支出のきずは治癒されたものと解することが相当である。

控訴人は、村長瀬川壱三が被控訴人政蔵に支払つた金一七三、三一〇円は本件山林代金として支払われたが、本件山林は当時国の所有であり同被控訴人に代金を支払うべき理由なく、また、同村長は被控訴人忠雄・政蔵両名に対し、何ら支払名目なく金九七五、四三五円を支出したと主張し、成立に争のない甲第六・七号証、「の代金」の記載を除き成立に争のない乙第一号証の五、但書の記載を除き成立に争のない同号証の六、原審証人瀬川壱三の証言(第一回)によると、旧宮野目村係員が被控訴人政蔵に本件山林代金として金一七三、三一〇円の支払請求書を提出させて右代金を支払い、また被控訴人忠雄・政蔵両名に支払名目の記載のない金九七五、四三五円の支払請求書を提出させてその支払をしたことは明らかであるが前段に挙げた証拠によると、村長瀬川壱三らは本件山林につき不用地処分、または用途変更の手続をする際、被控訴人忠雄・政蔵両名が異議なく協力を惜しまないならば、本件山林を容易に旧宮野目村の所有に移すことができる点に着目して、これらの事実上の利益を土地そのものと取扱い、包括して代金二、二〇〇、〇〇〇円と定め当事者間に争のない契約を締結したこと、右の証書による代金の区分は、契約または評価額により記載したのではなく、課税の対象となることを考慮し、便宜の措置として単に支払証書上前示のように表示したことがうかがわれるのであり、このような売買契約の締結及び支払証書の作成が正当であるといえないことはもとより、会計事務処理上も問題を残すところではあるが、旧宮野目村議会が前示のように議決した以上は、本件支出が違法であるとはいえないのであり、その他本件支出が違法があることを認め得る証拠はない。

(三)  控訴人は、地方自治法第二四三条の二の規定により、普通地方公共団体の役職員の不当の支出、または浪費についても無効の宣言並びにその補てんを請求することができる旨主張し、さきに認定した事実によると、旧宮野目村長が不当または浪費にわたる支出をしたと認められないわけではないが、同条第四項は、普通地方公共団体の役職員の違法または権限を超える当該行為の制限もしくは禁止、または取消もしくは無効もしくはこれに伴う当該普通地方公共団体の損害の補てんに関する裁判を求めることができる旨を規定したにとどまり、不当行為を対象にその無効の宣言ないし損害補てんの請求をすることを規定していないから、このような請求は許されないものといわなければならない(なお、控訴人は被控訴人忠雄・政蔵らに支払金員の返還を求めることを損害の補てんと解しているかのようにみ受けられるが、損害の補てんは普通地方公共団体の役職員の違法行為により普通地方公共団体に損害が生じた場合に、当該役職員を相手方として求むべきであることは右の規定により明らかである。)。

(四)  してみると、旧宮野目村長の支出(命令)が、違法または権限を超えたものであることを前提にこれが無効の宣言・支出金の返還並びにその収納手続を求める控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当というべく、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法第三八四条・九五条・八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 羽染徳次 佐藤幸太郎)

(別紙目録省略)

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